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旅の背景:なぜEquityなのか

「なぜ、あの人たちはそこまでしなくてはいけないのか?」

この旅の根底には、この問いがある。

それは、アメリカで開催されたあるカンファレンスの冒頭、虐殺と強制移住の歴史を振り返り、いま立っている場所の「本当の名前」を呼ぶ儀式がはじまったとき。

それは、あるミーティングで、集団が負ってきた数百年の歴史的・文化的なトラウマに意識を向けるよう促されたとき。

それは、あるセッションで、皆が突然サム・クックのプロテストソング「A Change Is Gonna Come」を歌いだしたとき。

ポジティブで建設的な議論が突然中断され、目に見えない特権について理解すべきだという居心地の悪い会話がはじまる。そして、どこにも辿り着かないような、人種についての暗い話題が続く。

アメリカの地で、人々の、土地の、歴史の「傷」にひたむきすぎるほどに向き合う人たちを前にするたび、胸の奥から湧き上がる戸惑い、焦燥、疑問。

なぜ、あの人たちはそこまでのことを、しなくてはならなくなったのか?

■アメリカのソーシャルセクターの変容を目の当たりにして

わたしたち──藤村隆と佐藤淳──は、社会問題について探求し、社会変容へとつなげていくために、長いあいだ主にアメリカのソーシャルセクターで起こっていることを見つめつづけてきた。

新しい社会投資のコミュニティの構築を目指す「ソーシャルベンチャー・パートナーズ・インターナショナル」(SVPI)、スタンフォード大学で内で生まれた社会変革の探求者と実践者のためのメディア「スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー」(SSIR)、社会変革のための戦略コンサルティングファーム「FSG」など、世界中の社会変容の探究・担い手たちの多様なコミュニティから、ソーシャルイノベーション、コレクティブ・インパクトそしてシステムチェンジ等の知見を得て、日本での実践に活かすことができた。

2015年くらいまでは、そこで話されるコンセプトや技術をスムーズに理解することができた。また、こちらからも何かを伝えられることもあった。とくにコレクティブ・インパクトは、わたしたちにとっても大きな変化点のひとつだった。個々の組織やソリューションを拡大させていく戦略を超え、さまざまなプレイヤーが協働することによって地域の根深い問題を解決するという考えは、あらたな可能性と希望を感じさせてくれた。

「Stanford Social Innovation Review」2011年Winter号に掲載されたジョン・カニアの論文

Stanford Social Innovation Review」2011年Winter号に掲載されたジョン・カニアの論文

2011年に「スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー」で発表された論文「コレクティブ・インパクト : 個別の努力を越えて今こそ新しい未来をつくり出す」は、瞬く間に世界中で広がった。この2011年の論文では、コレクティブ・インパクトは次のように定義されていた。

<aside> <img src="/icons/forward_gray.svg" alt="/icons/forward_gray.svg" width="40px" /> コレクティブ・インパクトとは、異なるセクターから集まった重要なプレーヤーたちのグループが、特定の社会課題の解決のために、共通のアジェンダに対して行うコミットメントである。(「コレクティブ・インパクト」(ジョン・カニアほか『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』SSIR Japan、2021年)

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そして数年経った頃になると、その技術的な側面だけでなく、関わる人の内的な側面も注目されるようになる。SVPIでも、コレクティブ・インパクトの技術面・戦略面だけでなく、リーダーを含めた関わる人々の内省的な取り組みが注目されるようになってきた。対話やマインドフルネス、ストーリーテリングといったキーワードが取り沙汰されるようになるころ、Equityもそのひとつとして重視されるようになっていた。

しかし、2015年ごろから状況がガラリと変わりはじめる。SVPIはEquityをより重視し、中心的な価値観として扱うようになり、SVPコミュニティのなかで個人や組織の内的変容をより推し進めるようになる。年に一度のカンファレンスでは、多くの時間がEquityに割かれ、ソーシャルイノベーションの技術的な議論は縮小していった。

そして、この変化はSVPIだけではなかった。コレクティブ・インパクトの論文発表から10年が経った2021年、著者たちは「コレクティブ・インパクトの北極星はエクイティの実現である」という論文を発表し、Equity抜きにコレクティブ・インパクトを語ることはできないと宣言した。

<aside> <img src="/icons/forward_gray.svg" alt="/icons/forward_gray.svg" width="40px" /> コレクティブ・インパクトとは、集団やシステムレベルの変化を達成するために、ともに学び、連携して行動することによってエクイティの向上を目指す、コミュニティの人々とさまざまな組織によるネットワークである。(「コレクティブ・インパクトの北極星はエクイティの実現である」(ジョン・カニアほか『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 04』SSIR Japan、2023年))

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